2012年11月29日木曜日

そして鶏だけが逃げていった

焼け野原。ぺんぺん草が一本も生えてない場所から始めた。
民家もない。あるのは瓦礫か木片だけだった。
辺り一面は夜なのか昼なのかもわからないくらい赤黒く燃えていて
途方もない時間の犠牲者が私だけだという事を揺らめく影が教えてくれた。
空は黙っている。火山灰や隕石が今にも墜ちて来そうな不気味な雲のうねりと見たことのない原色のグレー。
濃いクレヨン1色で塗りつぶしたようなグレー。それと同じ色が私の指先や折れた膝にも付着していた。
歩けど歩けど人は見当たらず
行けど行けど視界は変わらず
ただ喉の渇きだけが時間を告げていた。
煙草の自動販売機がうつ伏せに倒れているのを見つけた。まるで臓物がはみ出てしまったように煙草の箱が散乱していた。
私はくらくらしながらもその中のショートホープを広いあげて箱の側面に書いてある注意書きや会社名を眺めるとすぐに気味が悪くなって捨てた。
いや、気味が悪いというよりは縁起が悪いような気がした。
それにライターも無ければましてやこの困憊っぷりでは煙草なんて吸いたくもなかった。
時々、おーい!という声が聞こえるようだった。それはこの望みのない世界で人の存在に触れるような温かみではなくもっと雑音めいた灰色の声だった。
声の主は崩れる大木や雑居ビルが軋む音だった。
大木もビルも人の姿に見えた。硝煙の中では全て人の揺らめきに見えた。
不思議と心は静かだった。
建物や街がなくなった代わりに空が高く広く見えた。
どこまでもグレーの空と赤黒い大地に挟まれて生きている私という唯一の存在が
まるで神に選ばれたような静かな高揚感を覚えた。それは性的な衝動によく似ていた。
同時にその高揚感をジッと見つめる私がいた。
2人の視線は永遠に噛み合わない。
ただお互いが見られている事は
なんとなくわかっていた。
グレーの正体は私だった。
私の瞳が私の鬱憤とした胸のささやきを映写機のようにずっと映しだしていたのだ。
私は小さなテーブルの上に乗せられたゆで卵だったのかもしれない。
誰が産んだのかもわからない死んだ卵だ。

印藤